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後援のことば

明治大学 教授

子どもにとっての成長モデルとしての留学生との交流の意義

張 競 氏
明治大学 教授

ここ30 年来、留学はより身近なものになり、その意味も大きく変わった。私が日本に来たとき、アジアからの留学生たちは「先進国に追いつき追い越せ」という使命感が強く、その多くが学者あるいは研究職を目指して大学院で勉強していた。それが変わったのは80 年代の終わりころだと思う。日本語学校生や学部留学生が増え、留学の形態も留学生の出身国も多様化した。

人数だけでなく、留学の目的意識も変化している。先日、勤務校で留学生試験の面接があった。受験生に将来、何になりたいかと聞くと「旅行会社のガイド」、「貿易の仕事」、「通訳」、ひいては「客室乗務員」や「会社員」など多種多様だ。個人的な動機によるものがほとんどで、もはや「国のために」という気負いはなくなった。

留学は、単に専門知識を取得するためだけではない。日本社会や文化を知り、現地の人たちとの交流も大切なことだ。ところが、忙しい学習生活のなかで、日本人との交流は自ずと狭い範囲に限られてしまいがちである。本人が意識するか否かにかかわらず、留学生の一人一人は文化大使の役割を担っている。出身国の文化を日本に紹介し、相互の文化理解を深めることは日本社会に貢献するだけでなく、日本文化を知り、異文化コミュニケーションの難しさを理解する一助にもなる。『留学生が先生!』教育プログラムは、そうした草の根の文化交流に貴重な機会を提供している。

私がこのプログラムに加わったのは、23 年前のことである。当時、博士課程に在籍しており、面接などの選考を経て、幸運にも第1期の講師に選定された。それから3 年ほどの期間であったが、このプログラムを通じて忘れがたい体験をした。

異文化との出会いはしばしば自国の文化を再発見するきっかけになる。自分が生まれた国や文化のことについて、いざ日本語で説明するとなると、想像したよりも難しく、また知らないことが多いことに気付いたりする。

日本の中高校生たちと語り合うのは楽しくもあり、また驚きの連続でもあった。大人に比べて、十代の子どもは本音を覆い隠さない。彼らが発した質問はときには鋭く、その話からいろいろと示唆を受けたこともある。中学校や高校の教壇に立つのは、単に何かを「教える」のではなく、講師たちにとっても文化交差を体験することであり、生徒たちとの会話を通していろいろと学ぶこともできる。

私は大学院で比較文学比較文化を勉強しており、異文化交流の問題は自家薬籠中のものと自負していた。だが、十代の中高校生たちと語りあっているうちに、あることに気づいた。異文化理解における承認の問題は人間の尊厳という厄介なものが絡んでおり、一筋縄ではいかない。文化の語り方において、感情や感傷を完全に排し、純粋に理性にもとづくことはきわめて難しい。研究室のなかで理論を勉強するだけでは、決して気づかなかったことであろう。

短い授業時間のなかで、自民族中心主義の弊害をわかりやすく説き聞かせ、同時に文化相対主義の問題点も指摘しなければならない。あらゆる文化に対し、無条件にその正当性を認めるべきで、異なる文化が互いに尊重すべきだ、という主張はなぜ批判に晒されたかについても、平明な言葉で説明する必要がある。たかが「留学生が講師」。とはいえ、その責任が思ったよりも重大であることは、教壇に立ってはじめて実感した。

学位を取得した後、偶然の機会で日本の大学で教えることになった。20 年来、日本の大学生を相手に比較文化学を講じてきたが、振り返ってみて、このプログラムに参加したことは自分にとって貴重な経験になったのは間違いない。いま小中高校で活躍している講師の皆さんもこのプログラムを生かし、大学の研究室ではえられない体験をしてほしいと思う。

(2011年機関誌寄稿)

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